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阿部頌二

大正8年2月25日、湯野浜の亀屋ホテルに松五郎(3代目与十郎)の二男として生まれる。インドネシアの森永農園に勤務中、現地民の生活安定を図り、現地人労働者にインドネシア独立の理念を教育した。しかし、敗戦に伴ってスマラン市内の刑務所に収容され、20年10月15日、刑務所を襲った暴徒に撃たれて、血書を残し死去した。壮絶な死である。享年27歳。亀屋ホテルの前に「インドネシア独立万歳と血書して玉と砕けし、日本男の子よ」と刻んだ記念碑がある。

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